大阪・関西万博という一大イベントに行ってきたので、書いておかないわけにはいかない。
当初は行くかどうかも迷っていたが、建築関係の知り合いは結構行ったようだし、なにか物申すには実際に見ておく責任はあるだろう。暑い時期を避けるうちにどんどん後ろ倒しになって、結局決断したのは9月に入ってから。今思えばチケットを取れるぎりぎりのタイミングだったようだ。平日に日帰りという条件だと家族を含めて同行できる人間は限られ、唯一大学時代の友人が同じ境遇で付き合ってくれることになった。建築おじさんの弾丸二人旅である。
ちなみに取れたチケットは10月初旬の11時・東ゲート入場のもので、予約できたパビリオンはオランダ館。東京から朝早く出発しても、現地で入場ゲートをくぐれたときにはすでに12時近く。船底屋根のゲートは迫力だったが、そこに大行列する日傘で埋め尽くされた光景はなんともシュールで、10月といえど日差しが強く歩き回るには半袖で十分の夏日和だった。
ゲートから「大屋根リング」に至るまでも興味深いパビリオンがちらほら。「万博」そのものに疑問を抱きその胡散臭さに身構えながらもそこは建築家の悲しい性である。駆け出しそうになるほどはしゃぐ心をなんとか落ち着かせるおじさん二人だったが、最大の目的であった「大屋根リング」を目にしてそして体験したときにはやはり圧倒されることになった。
部材の太さや高さそのものもすごいが、思い起こすのは清水寺の舞台だったのでそういう意味では伝統工法と現代の技術の融合が見事である。貫工法のくさびがゼネコン三者で異なることも興味深く、少しづつ角度を変えながらどのように組んだのか想像するのは楽しい。異様だったのはその連続性で、円環なので無限につながる架構は屋根に上がって全体を見たときには全長2kmどころではない距離に感じた。日常的に見て扱ってきたものとのスケールのギャップと、この狂気が実現していることの不思議がそう感じさせたのかもしれない。
「大屋根リング」の主な機能は会場全体の動線ということ、雨をしのぎ日差しを遮るという役割は言うまでもないが、それ以外の自由な使われ方を見つけるのも楽しかった。お土産コーナーや給水エリアがあったり、パビリオン入館を待つ行列エリアになったり、休憩場所として、そして飲食スペースとしてのベンチが思ったよりしっかり用意されていた。それ以外にも地べたに座り込んで自分たちのスペースをつくることも比較的自由で、各自が用意してきたマイチェアやレジャーシートを広げて上手にくつろいでいたのが印象的だ。
しかしそのようなわけで動く人、休む人、並ぶ人、が渾然となって「大屋根リング」は上も下も大混雑でスムーズには歩けない。パビリオンも予約していないところはものすごく並ぶし、当日予約のためのネットアクセスは繋がりにくくて予約不可能ということを悟り早々に諦める。主にリングに沿って歩きながら気になるパビリオンの外観をメインに見て回ることになった。
印象に残ったのは住友館、サウジアラビア、ウズベキスタン、フィリピン。null2は音に反応して動く膜が、マッシブな鏡面建築に映る景色も歪ませ感覚を刺激させられて面白かった。コモンズと呼ばれる共同出展のパビリオンは先着順で入れるらしいがとにかく並ぶのを避けるため寄らず。各所のトイレや休憩所といった関連施設はコンペで選ばれた若手建築家によるもので、チャレンジングなものも多いがむしろ利用者の対応力に感心した。
事前に唯一予約できたオランダ館は、時間通りに行くとしばらく列に並ばされ40分待った後に入館。色が変化する球体をモチーフに、オランダの国として成り立ちと未来エネルギーの紹介。建築的な見どころはほとんどなく子供向けの展示内容だったので、出てきてすでに日が陰っていたときの時間ロス感は激しかった。
気が付けばリングを半周しかしておらず、急いで屋根上に上がって海上に張り出す部分へ。600mくらいの円弧が海の上に架構として立ち上がり、噴水や花火など水上ショー用の観覧席という機能はあるものの、平時の無目的な存在はものすごく贅沢だ。この空中回廊は一部がさらに上下に分岐していたり、外周が持ち上げられて植栽の向こうに空だけが切り取られて見えるような工夫がとても効いていた。
そして日が暮れて明かりが灯る夜景でもまた主役は「大屋根リング」だった。会場全体を外側から柔らかく明るく照らす照明器具のような存在になる。暗くなってから見るパビリオンはもちろん演出を凝ったものもあるが、外観としては明るいうちに見たいものがほとんど。
しかし終盤に予期せず体験できたUAEパビリオンは、夜に浮かび上がるその存在感も内容も素晴らしいものだった。ガラス張りの内部にヤシの木で編んだ太く長い柱が密林のごとく林立し、資源を活用した未来の技術やエネルギーが具現化された展示だった。ガラスの納まりも仮設とは思えないほどきれいで、内部にカフェやショップを併設して圧倒的に手間を掛けた上品なパビリオンだったと思う。
リングの外にある伊東豊雄さんホールや日本館、永山祐子さん担当パビリオンはざっと夜景として見る程度。花火が上がったのを見届けて、終電の新幹線に間に合うべく帰路についたときふと、会場の真ん中にある「静けさの森」に行ってないことに気づいた。当然妹島和世さんパビリオンは見ていないし、結構この万博の肝であるエリアだったんじゃないかと思うとやらかした感がある。
会場デザインプロデューサーである藤本壮介さんはある万博関連の討論会で「リングは脇役で主役はパビリオン」だと言っていた。どこまで本気で言っているのか分からないが、思い返せば写真を撮っていてもほとんど背景となり視点となっていたのが主役である「大屋根リング」だった。そして「多様でありながらひとつ」の象徴とはいえ、現実問題としてリングで世界がひとつになったと実感することはないし、インパクトがあって説明しやすいキャッチフレーズだったということしか想像できない。この会場計画でよかったのか、プロセスや公開において問題はなかったのか、どうして建設費が2倍近くに膨れ上がったのか、などなど絶え間ない検証は必要だろう。
なおかつ来場者のうち外国人は予想の半分で6%しかいないし、近畿圏からが65%とかなりの割合を占めている。比較的近くの人が何十回も来場して、一度は行きたいと思っていた人が行けなかったことについては対策が必要だったのではないか。パビリオンは「並ばない」どころではなく、暑さも含めて運営においては快適さとは程遠かったように思う。そして大盛況だと言って熱狂の渦に巻き込まれてはしゃいでる間にも、ふと横を見ればIRの工事が進んでいるし、工事費の未払い問題も未解決だ。維新の政治の道具にされたままではなく、上辺だけの成功の裏で見えにくくなっている本質的な問題にも向き合わないといけない。そして何年もあとにこの万博がどのように評価されるのかを注視すべきだろう。
やはり建築を見るのは楽しいのだが、様々な問題を浮かび上がらせた万博だったと思う。
主役はミャクミャクであるべきなのだ。
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