建築巡りの一環で豊田市美術館の企画展「ビルディング・ロマンス」へ。
ちょうど一年前の3月、横浜国大で同期だった木口統之くんが42歳で亡くなった。その彼が率いた「悪魔のしるし」がこの企画展に参加していて、豊田市美術館を用いたパフォーマンスや、彼自身の生涯、演出家・役者としての舞台やイベントの活動が紹介されている。画家であるお父さんの描いた息子や、彼の遺品とも言える身の回りの品々を見て、彼に会えたような気分でしばし展示会場に座り込む。才能の塊のような人だった。
ぼくが独立して間もないときに設計した住宅を見に来てくれたことがある。感想を求めたところ確か「おれは建築やってないから」と言って遠慮する彼を、どんなことでもいいからさと、いささか強引に言葉を引き出そうとした。その時に言われた言葉は今も頭から離れない。
「切っても血が出ない気がする」
それはどういうことかと迫ったところ、
「中上健次的な世界が足りない」
・・・なんというか、実に彼らしい。
その時はそんな抽象的なことでは分からないとか議論にならないとか、彼に対抗するようにそして言い訳するように色々なご託を並べて反論した記憶がある。
でもそれは核心を突かれて動揺していたのだと思う。見透かされていた。
もちろん当時の自分では精一杯の設計をしたつもりだったけれども、人目を気にしてどこかでかっこよく見せたいとか、自分で考えるよりもどこかのディテールを拝借して安心しているといったような、よこしまで卑しい気持ちや浅はかな姿勢が、彼には見えていたに違いない。
その後のぼくは、誰にも知られずに彼の言葉をものすごく気にして、こっそりと中上健次をむさぼり読んだ。
だからというわけではないけれど、少し経験も積んだ今となっては彼の言ったことがよく分かる気がするのだ。
でも未だに胸を張れる「血が出る建築」はつくれていない。
彼はいなくなってしまったけれど、一生追い求めていきたいと思っている。
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