夏休みと称して長野県は野麦峠でキャンプしながら乗鞍岳登山へ。避暑地を求めて高いところに行ったつもりが日中は結構暑い。そして遅寝遅起きに慣れた体を逆転させるのはやはり負荷が大きく、日頃の不摂生を恨むことになる。それでも早朝のきりっとした涼しい空気を感じながら山を登り、山頂からの景色を望むと「やっぱりいいな」と思うから、どうにかして健康的な習慣をそろそろ本気で考えないといけない。乗鞍岳は3000mを超える高さの山で、そびえ立つ姿を前に登っていく過程も圧巻で素晴らしかった。そして山頂でつくるインスタントのラーメンは絶品。
帰りは中山道の宿場町のひとつ奈良井宿へ立ち寄る。奈良井宿は木曽にある11の宿の中でも最も規模が大きく賑わったところで、約1kmに渡って江戸時代からの建築物が軒を連なって建ち並ぶ。背景には山の緑を備え、川に挟まれて豊富な湧き水にも恵まれたロケーションにこの宿場町が栄えたのも頷ける。一軒一軒の建物は奥に長いいわゆる長屋形式の町家で、隣り合った外壁を共有しつつも、すべての屋根は上下にずらして納められている。雨仕舞を考えての工夫だろうが、屋根の高さはそのまま内部空間にも影響するだろうし、大きく張り出した軒も上下にずれるので、どっちが上でどっちが下か、なんて強制的に隣家と、あるいは町全体で協力して建物を建てただろうことが想像できる。
途中で「旧中村家住宅」の内部を見学。漆塗りの櫛を製造していた問屋で、その面影を残しつつも間取りなどは宿場町の最も一般的な形式のものだそうだ。背の低い潜戸を抜けると片側の土間が廊下のような役割で奥まで貫いている。大胆に小屋組みが現れた吹抜は壮観で、ここがメインのハイライト空間であることが分かる。
そこから入口側の表と、庭に続く奥の部屋が続き間でつながっていて、表は店舗や商談の場として、裏は休息の場として機能も容易に想像できる。現代では考えられない天井の低さが、むしろヒューマンスケールで心地よい。
吹抜を介して表と奥の2つに分かれた2階にはどうやって行くのかと思ったら、それぞれに階段が備わっていた。片方は当たり前のように箱階段として溶け込んでいるし、なんとモダンでかっこいいのだろう。表側の2階は勾配天井が軒先まで続いていて、小さな縁から格子を通して道を見下ろす風情は、町全体で共有しているものである。
奥へ進むと一旦暗くなってその先で庭に出るという演出も素晴らしい。表から裏までが襖を開けるとひとつながりで、風通しもよく息苦しさが全くない。町家とはよく考えられたものだと感心しきりだった。
奈良井宿は数年前に竹中工務店やツバメアーキテクツによって、古民家の改修や新たな施設によって地域活性のプロジェクトが進んだらしい。その割にはあまり通りが賑わっている感じがしなかったのは残念。観光の人は多かったけど、店舗として入れるところはポツポツで、1kmというのは長すぎるのかもしれない。古き良きを残すのは大事だが、実際に住んだり活用するとなると課題は多いのだろうと想像する。車道から見える「木曽の大橋」は岩国にある錦帯橋を模してつくられたそうで、規模は違うがなかなか迫力のあるものだった。
きれいな空気と荘厳な山を体験し、時間軸を飛び越えて素敵な空間に迷い込むという、非日常を味わえたひとときだった。
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